雪子と千枝
呆然としている千枝の目の前で、雪子は手に持った写真にライターで火をつけた。
「ペルソナって便利よね。この何倍もの火力を出せるんだもの」
月森が写っている写真が燃えていく。ゆらゆらと揺れる火に照らされる雪子の顔も揺らめいて見える。
「これからはテレビの中では、前だけじゃなく後ろにも気をつけてもらわないとね、ふふ、月森君も大変……」
雪子の口元には笑みが浮かんでいた。
「ゆ、雪子……月森君のこと……」
その先は怖くて言葉にできなかった。
雪子が手を離す。写真は燃えながら落ちていき、床に落ちた。雪子はそれを足で踏みつけると、ジュっという音がして火が消え切れ端だけが残る。顔を上げると千枝の方に向けた。
「それは千枝の心がけ次第じゃないかしら」
雪子は微笑んでいる。千枝は初めて人の笑顔に恐怖を感じた。
雪子の要求は簡単と言えば簡単だ。雪子が望むタイミングで、千枝の方からキスをすること。雪子がいいというまでやめない事。……ただ、それだけだ。
初めてのキスは人気のない放課後の教室だった。唇と唇が触れるだけの淡い口づけ。恥ずかしくてすぐ離れてしまったが、雪子は怒らなかった。
雪子が誘ってくる場所は学校の階段の途中だったり、帰り途中の道だったり、テレビの中だったり。人目を忍んではくれていたが、それでも他人に見つかるかも、という不安は拭えなかった。雪子はそういうこちらの気分も楽しんでいるようだった。
そんなライトキスだけが何回か続いた後、ある時舌が入ってきた。驚いて思わず離れようとしたが、雪子に頬に手を寄せられ動けなくなった。雪子の舌が千枝の口内を蹂躙する。この時初めてディープキスを知った。
月森との交際が途切れたわけではない。普通に続いている。ただ、月森と過ごす時間は、常に雪子とのことを思い出さされて後ろめたさが付きまとうことになった――
千枝と目が合った雪子が、人差し指でトントンと自分の唇をたたいた。
(こんなとこで……)
ここはテレビの中。もう帰ろうという話になり、皆でダンジョンを下りていっている途中だった。自分と雪子は後方にいた。皆が角を曲がり姿が見えなくなったところで、壁際に立ち止まっていた雪子のそばに行くと、雪子の肩に手を置き、少し踵を上げて顔を近づけた。唇と唇が重なる。唇を軽くすり合わせていると舌が入ってきた。
「んん……!」
舌と舌が絡み合う。舌が絡み唾液が交錯する。息が上がってきたころ、雪子の唇が離れた。お互いの唇から唾液の糸が引く。余韻から醒めきれていない千枝の唇を雪子は舌先でつつーとなぞった。思わず声が出る。
「んっ」
雪子はくすっと笑うと、いたずらっぽく言った。
「ね、もう一回して?」
(もう一回……)
顔が赤くなるのが分かった。そっとあたりを見回す。向こうから聞こえる話し声の大きさからすると、皆がこちらに近づいてくる様子はなさそうだった。
雪子の顔を見る。千枝の逡巡を面白がっているようだ。表情には余裕がうかがえる。逡巡したあげく、最後は断らないことも知っているのだろう。向こうの意のままに動いていると思うと何とも言えない気になったが、結局千枝はもう一度顔を近づけ、口づけた。雪子がそっと抱きしめてくる。先程よりも濃密なキス。くちゅくちゅと淫靡な音が響き渡る。唇から、体から伝わる雪子を感じる……千枝は段々頭の芯がぼうっとなってきた。
「んっ……はぁ……」
つとスカートの中に手が入ってきた。下着越しに触れられる。千枝は体を強張らせた。
(今までこんなことなかったのに……!)
「ゆ、雪子、そこはダメ……っ」
「ふふ、湿ってる。キスで感じてるんだ?」
羞恥で耳まで火照る。自分自身でもろくに触ったこともない場所を雪子に触られてる。恥ずかしくて頭がどうにかなりそうだった。
「や、やだ……っんん」
つい出る不安な声。すぐに雪子の口で塞がれてしまった。キスしたまま雪子の指が布越しに秘部を撫でる。敏感な突起を軽くつままれ体がびくっと跳ねた。
「っああ!」
雪子の指がその敏感なところを撫でまわしてくる。撫でまわされ続けているうちに、段々変な気になってきた。じわじわこみあがってくる感覚に体がしびれてきて、立っているのがつらい。つい自分をおかしくさせてる張本人である雪子しがみついた。
「イクのは怖いことじゃないのよ」
雪子の声音はどこまでも優しい。
「ゆ、雪子……っふ……んんんっ……!」
ぎゅうっと太ももを締め付けられるような感覚が襲った。頭が真っ白になる。足ががくがくして立っていられず、そのまま雪子にもたれかかる。弄っていた雪子の手がそっと離れた。緊張が解けた千枝はもたれかかったまま大きく息をついた。雪子が愛おしそうに千枝の頭を撫でる。
「好きよ……千枝」
千枝は知らなった。
月森が二人の姿が見えないことを心配して戻ってきていたことを。その月森を雪子は視界の端に確認したがゆえに、今まではしなかった行為に及んできたことを。そして、顔を強張らせて見ていた月森が、踵を返して二人に背を向けるのを見て、雪子の口元に笑みが浮かんだことを……
「大丈夫、私は千枝を見捨てたりなんかはしないわ……」
雪子は千枝を抱き寄せると、そっと口づけた。
珍しく前提条件が、月森×千枝。雪子、もうちょっと壊れた感じにしたかったんですけど、なかなか表現するのって難しいですねー。