禍津稲羽市

「くそっ」
 陽介は足元に転がっている小石を苛立ち紛れに蹴飛ばした。
 何が禍津稲羽市だ。奴の目にはあの稲羽市がこういう風に見えていたのか。あるいはこういう風になるのを望んでいるのか。なんにしても胸糞悪い世界である。自分が大事に思っている場所を踏みにじられているようでこの場に立っているだけでムカムカする。
 いや違う。苛立ちの原因はそれじゃない。いやこれもあるのかもしれないが、一番の原因は――
「陽介、大丈夫か?」
 月森が声をかけてきた。よほど思いつめた顔をしていたのだろうか、月森は気づかわし気な表情をしている。陽介は先程からずっと心を苛んでいた事柄を、たえかねて口にした。
「……なあ、先輩、泣いて許しを請うたと思うか?」

『泣いて許しを請えば助けてやる』あいつは確かにそう言っていた。もし――もし、本当に泣いて許しを請うてたとすれば、一縷の望みが絶たれた時の絶望はどれほどのものだったのだろう。
 陽介は臍を噛んだ。俺は、どうしてあの時もっと深く探索しなかったんだろう。していれば先輩を助けることができたかもしれないのに。ひょっとしたら、俺たちが入っていたあの瞬間にも別の場所からテレビの中に入れられて、それこそ助けを求めていたかもしれないのに。
 自分には助けられるタイミングがあったという事実が陽介を苛む。ただ言い訳にすぎないかもしれないが、あの時の自分たちの行動は致し方ない部分は多い。まだテレビの中がどういう所かろくに知らなかったのだから。
 だがあいつは違う。あいつは知っていた。山野アナの時に。知っていて先輩を落として、そして、あんな台詞を吐いて……
「俺、足立を絶対に許せねえ」
 誰に言うともなく呟いた。月森は声をかけあぐねているようだった。
 足立をぶっ倒してやりたい。先輩と同じ目に遭わせてやりたい。どれだけ嬲れば、泣いて許しを請う状態になるのだろう。泣いて許しを請うてきたら、その時にこそ笑って言うのだ。「誰がお前のことなんか助けてやるかよ」と。そして、殺す。
 さぁっと心が冷えた気がした。俺は、いつからこんなに簡単に殺すとか言えるようになったんだ。生田目の時だって……『テレビに落とす。ただそれだけだ』要は殺すことと変わらない。俺はあの時、生田目を殺そうとした。こいつは死んでしかるべき奴だと思った。だが、実際は生田目は踊らされていただけだった。あいつの行動は自分の写し鏡のようだった……
 そして今また思っている。あいつは、足立は生かしておくには値しない奴だと。これはまた同じ過ちを招くのか。そもそも自分の基準で他人の生死を決めようとする事は、足立のやっている事とどれだけ違いがあるのか。……でも……それでも俺は……

「陽介!」
 月森の言葉と肩を揺さぶる行為が、思考の淵にはまり込んでいた自分を引きずり戻す。
「あ……月森……俺」
 陽介と目の焦点があった月森がほっと安堵の表情を浮かべた。そのあとすっと真面目な顔になる。
「小西先輩はきっと、助けを請う暇もなかったと思う。それに、苦しまずに逝けたんじゃないかな」
 マヨナカテレビに映っていた先輩はもがいているように見えた……月森の言葉は気休めにしか聞こえなかったが、陽介は頷いた。何よりも自分自身がその言葉に縋り付きたかったから。
「そう……だよな。苦しむ余裕、なかったよな」
 自分に言い聞かせるように呟く。顔を上げると、
「わり、心配かけて」
 無理やり作った笑顔だが、それでも月森は安心したようで彼の顔も穏やかになる。
「早いとこ、足立を倒して全てを終わらせよう」
「おう、行こうぜ」
 止めていた歩みを元に戻す。月森も隣を歩く。コツコツというお互いの足音だけが周りに響く。
 横を歩く月森を見やる。まっすぐに前を見すえる姿は眩しいほどだ。陽介は目線を自分の足元に落とした。……月森、俺、足立をただ倒すだけじゃ満足できねえよ。先輩と同等の、いやそれ以上の苦痛を味合わせてやりたいんだ。奴には相応の報いを受けさせるべきだ。でないと、あんな理不尽な殺され方をした先輩が可哀想すぎるだろ……
 できればこの手で奴を……苦無をぐっと握りしめる。ふと月森の視線に気づいた。
「先行くわ」
 自分の心の闇を見透かされそうで、陽介は月森から目を背けるようにして走り出した。

 エロ好きなので基本エロばっかり書いてるんですが、ここは思うところありまして。その気もないの頭をテレビの中に突っ込んでまでして、かましたあの発言と行為にはかなりの悪意を感じました。こういっちゃなんですが、第一発見者、男だったらまず事件起きてませんよね。大谷さんみたいな人だったとしても多分起きてないと思うんですよ……思うだけに、ね。

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