テスト前
ここは月森の自室。月森と陽介は只今テスト前につき勉強中である。現在しなければならないことは明日から始まるテストに備えることであり、つまりは少しでも復習をすることである。分かっているのに、なぜ頭は一生懸命他事を考えてしまうのだろう。
淹れてもらったお茶をすすりつつ、陽介が言う。
「……なあ、お前とりせってさ、ここで、その、したりとかすんの?」
「んー、あんまりしないかな」
月森はノートから目を離さず返事をする。
「それってやっぱり、菜々子ちゃんや堂島さんに遠慮ってやつ?」
「いや、あいつ血まみれの俺とするのが好きだから」
ブーーーーッ!! 思わず飲んでいたお茶を噴き出した。
「お前、汚いなぁ。前も思ったけど、口に入れたものを噴き出すのは行儀が悪いぞ」
幸いにもノート、教科書には被害がなかった。教科書等をよけていると月森が拭くものを持ってくる。
「わ、悪い、……けど、血まみれって」
「ああ、血まみれで死にそうな奴とヤるのいいんだって」
月森が拭きながら答える。なにそれ怖い。怖すぎる。この前見たヤツなんて可愛いもんだったのか。あの時いうことを聞かなくて本当に良かった、と心底胸を撫でおろしていると、月森が拭く手を止めてこちらを見ているのに気が付いた。
「なんだよ」
「血まみれか……いけるかも」
「だからなんだよ」
「陽介、お前血まみれにならないか」
月森が真面目な顔で聞いてきた。意味が理解できず、素っ頓狂な返答になる。
「はあ!?」
「血まみれ状態だったら、きっとりせも他の男に食いつくと思うんだ」
さもいいことを思いついたという顔でいう月森。
「誰が……って月森、お前、あの話まだ諦めてなかったのかよ!」
「当然だろう?」
月森は真顔で頷いた。
「自分の彼女を他の男にあてがいたいってお前、おかしーだろ。どういう神経してんだよ」
「自分の好きな女が他の男相手によがってる姿を見せつけられる時のあの絶望感! いいじゃないか!」
こぶしを握り締めて力説している。理解不能である。月森のテンションについていけず小声になる陽介。
「頼むから日本語でお願いします……」
「まあいいや。じゃ、今度中に入ったときに……明日、行けるか?」
「テストだろ!」
「しょうがないな、じゃテストが終わったら」
「俺はそもそも承知してねぇ!」
しかし月森は、人の話を聞かず一人勝手に話を進めていく。
「まず疾風反射持ちの敵がいるダンジョンに行くことだな。で……」
自分の思い付きに夢中になっている月森。のたまうその姿からは明日からのテストに向けて勉強するというのは、もうすっぽり抜け落ちているようである。いいことなのか悪いことなのか。
だが、あえて勉強したいかというとわざわざ自分からそのことを提案するほどしたいとも思えず黙って聞いていたら、
「反射持ちの敵がぞろぞろ出てきたら、陽介お前、速いから開幕マハガルダインでいけ」
さらっとすごい発言が出た。
「それ瀕死じゃなくて即死だろ!」
「残りの戦闘はこっちが請け負うから大丈夫だ」
「全然大丈夫じゃねえよ! 俺死んでるじゃねえか!!」
「戦闘が終われば、陽介たちはHP1で復活できるから問題ないだろ」
月森は平然と言う。HP1でやれと。それまたすぐ死ぬだろ。
「……俺にそこまでしてやるメリットあんの?」
「りせなかなか激しくてエロいよ」
「すぐ死ぬんじゃ全然味わえねーじゃねーか!」
「三途の川が拝めるぞ?」
「それ、セールスポイントにならないから!」
「あのさ、悪いんだけど陽介の意見は聞いてないから」
「そこは聞けよ!」
「聞いたって『嫌だ』しか言わないだろ。聞くだけ不毛だ」
「おい」
「ここまでお膳立てすれば、りせでも……」
真面目に思案している表情は、なかなかに凛々しいともいえる。しかし、見目と裏腹に考えていることはひどい。しゃべる気力も沸かずにいる陽介に対し、
「あ、服がビリビリに裂けてるのがあいつの好みだから、そうしてくれたら助かる」
その方が確率が上がる、などと冷静に注文を付けてくる月森。陽介は自分のこめかみが引きつるのを感じた。
「戦闘で反射ダメージ喰らってるときに、そんなことが斟酌できるか!!」
陽介はブチ切れて叫んだ。
「あーあ、世の中不公平だ」
また淹れてもらったお茶を飲んでいると、人の顔を見ながら月森がうらやましそうに言ってくる。意味が解らない。
「俺なんか、死んだら終わりなんだからな」
「そりゃ、腐っても主人公だしな……」
「俺が陽介の立場だったら無限快楽を味わえるのに」
死ぬほどの快楽を何度も味わえるんだぞ、うらやましすぎる、などど真面目に言っている。
それ、無限地獄の間違いじゃねーのと陽介は思ったが、どうせまともな返事が返ってこないのは分かり切っていたので黙っていた。
反射ダメージで一発死っての主人公や雪子で実経験があるんですが、陽介でも大丈夫ですよね? コミュMAXじゃなければまだ無効じゃないし。